夜は短し歩けよ乙女 (角川文庫)

夜は短し歩けよ乙女 (角川文庫)

かくして、私はなるべく彼女の目にとまるよう心がけてきた。夜の木屋町先斗町で、夏の下鴨神社の古本市で、さらには日々の行動範囲で──。附属図書館で、大学生協で、自動販売機コーナーで、吉田神社で、出町柳駅で、百万遍交差点で、銀閣寺で、哲学の道で、「偶然の」出逢いは頻発した。それは偶然と呼ぶべき回数をはるかに超え、「これはもう運命の赤い糸でがんじがらめだよ、キミたち!」と万人が納得してうけあいというべき回数に達していた。我ながらあからさまに怪しいのである。そんなにあらゆる街角に、俺が立っているはずがない。御都合主義もいいところだ。

 しかし重大な問題は、彼女がまったく意を払わないということであった。私の持ったぐいまれなる魅力どころか、私の存在そのものに。こんなにしょっちゅう会っているのに。

「ま、たまたま通りかかったもんだから」という台詞を喉から血が出るほど繰り返す私に、彼女は天真爛漫な笑みをもって応え続けた。「あ! 先輩、奇遇ですねえ!」

そして彼女と出逢ってから、早くも半年の月日が流れたのである。

天真爛漫な「黒髪の乙女」と、ボンクラ京大生の「俺」。<キャラ>および<萌え>とスレスレの世界、でもこれは「小説」なのである。
この小説を小説たらしめるもの。それは「俺」の自意識でありましょう。ボンクラ京大生自意識といっていいそれは、しかし「ボンクラな俺」意識の裏側に、でも京大生だから「本当は頭がいい俺」が滲み出る。その自意識っぷりを含めて、男子校生にとってのユートピア小説の一種といってよろしかろう。刮目して読め。(むりやりなまとめ)
明日は、同じモチーフだけれどこれよりさらに<小説>している作品、『四畳半神話大系』を取り上げる予定です。